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HRナビ:中村珍先生、「マンガ家は描きたいマンガが描ける仕事じゃない」は本当ですか?

「IT業界のトレンドからこれからの働き方を考える」リクルートのメディア、HRナビで、朽木誠一郎記者のインタビュー、中村珍先生、「マンガ家は描きたいマンガが描ける仕事じゃない」は本当ですか?を受けました。

画像: 中道薫記者 撮影
中村珍先生、「マンガ家は描きたいマンガが描ける仕事じゃない」は本当ですか?|HRナビ


HRナビ|中村珍先生、「マンガ家は描きたいマンガが描ける仕事じゃない」は本当ですか?(キャプチャー)


注意
以下は、今回のインタビューをしてくださった記者さんとは全く関係ありません。私個人の回顧と、併せて、「なぜ今こういう(インタビュー記事にあるような)働き方をしているのか」に、改めて(噂話ではなく)自分の言葉で触れておこうと思い立って走り書きした散文です。

夜の街を歩く主人公。(漫画「羣青」より)

講談社と『羣青』を巡るトラブル

あまり思い出したくない記憶ですが、今からちょうど7年前の夏、私は当時『羣青』という漫画を連載していた講談社モーニング編集部との金銭的な交渉が決裂し、自発的にトラブルを起こしたことがあります。

『羣青』というのは、比較的緻密な画風で構成された原稿をしていて、編集部からも安い物語に見えないように重厚な絵を、という指示を受けていたため、(もちろんもっと凄い絵を描く現場・先生はたくさんいますが)(新人の割には)込み入った絵が売りの漫画でもありました。作画料が多く、アシスタントがいなければこなせない業務でしたが、原稿料は新人のスタート価格。手取りで1ページあたり9,000円強。みるみるうちにアシスタント代を始めとする制作費で借金が膨らんでいきました。

多くの場合、単行本はある程度ページ数が溜まると最初は1〜2冊、続刊は1冊ずつ、1冊あたり平均的には160〜200Pほどの単行本が刊行されます。原稿料では赤字になってしまいがちな絵柄が緻密な漫画連載の多くは、この時の印刷部数によって振り込まれる印税で赤字を取り戻しており、印税がまるまる不労所得として利益になる作家ばかりではないというのが、漫画界の常です。
『羣青』も例に漏れず単行本の印税で赤字を消していかないと現場が破綻してしまうタイプの連載でした。

ただ、この漫画は(一度は200P溜まったところで1巻を出す、という話もあったものの、最終的には覆って)編集部の方針で「数字じゃなくて上・中・下巻みたいにして、連載が終わった後に全部いっぺんに読めるようにまとめてドカーンと出す」ということになっていました。つまり、印税は連載が終わるまで一切もらえません。連載終了まで、決して1枚手取り9,000円強では仕上げらない原稿を、1枚9,000円強で数年に渡って制作し続け赤字を出し続けお金を借り続け、乗り切る、という要求をされていました。
無理です。

漫画の線がある場所をすべて、丁寧に指でなぞって頂ければ、「何がどう無理か」の側面を、少しだけ分かって頂けるかもしれません。黒い場所はすべて人の手がなぞった場所です。まっすぐの線は、定規をあてる作業があった場所です。影や色の部分は、すべて手作業で、カッターで線をなぞって、グレーのフィルムを切り抜いたり、削ったりしています。その前にも、線を描いて、さらにその前にも、コマの枠線をサイズを決めてきちんと並行になるように引っ張って、もっと前には、マンガの構成案を編集部に送って、その前には物語を作る作業があります。最初は真っ白の紙でした。

負け、だから。ヤケになったら。幸せな人達が悪いワケじゃない。(漫画「羣青」より)

1ページ手取りで9,000円という額には、物語を考える料金も、ネーム(漫画の設計図)を作る料金も、その設計図に対して「これでいいよ」と言われるまで回数無制限・時間無制限のリテイクを受け直し続ける料金も、人物の絵を描く料金も、背景の絵を描く料金も、スクリーントーンを貼って切って削る料金も、それらを共同で行うアシスタントさんたちのお給料や食費、通勤手当、設備費などの経費も、原稿用紙代も、貼り付けるスクリーントーン代も、ペン先代も、インク代もコミコミになっています。担当さんに気に入ってもらえなかった時に、気絶するまで徹夜残業をする料金ももちろん入っています。恣意的な修正指示に対応し続けてアシスタントさんを待たせた場合の延長日給(または時給)もそこから出します。
1枚約9,000円が手取り収入になる原稿を1枚仕上げるためには、1万数千円〜数万円なんていうこともザラで、時には十数万円にのぼることもありました。

私が編集部に求めたのは、賃上げ・印税・打ち切り、もしくは、賃金がこのままなら緻密な作画の要求をしない。どれかにしてください、ということでした。
結果的に「アシスタント無しじゃ原稿を描けない新人漫画家が原稿料を上げろと出版社に噛み付いた」という形でクローズアップされ、以来、一部の皆さんからは「クレーマー漫画家」「銭ゲバ」と呼ばれ続けてきました。

ただ、そう呼ばれるリスクを負ってでも事態を動かす必要があるほど、当時ハタチそこそこだった私には制作費のために背負った数百万円の借金はとても重いものでした。緻密な作画を要求される限り、それを実現するには数名のアシスタントが必要でした。アシスタントさんたちも生きていく必要がありますから、皆さんに支払う賃金も必要でした。

もともと非常にややこしい特殊な業界の話ですから手短に説明できることでもありませんが、できる限り手短に言えば、

  • 制作費が原稿料を上回って必ず赤字が出る発注内容で原稿を発注しないで欲しい」
  • 絶対に多額の制作費や人件費がかかる内容で発注するならば儲けが出なくてもいいから経費をカバーできる程度に原稿料を上げて欲しい」
  • 「原稿料の賃上げが無理ならせめて(連載終了後にドカーンと3冊いっぺんに出してお祭りにするって決めてるから連載中の単行本発売はナシと編集部では決めているとの話だけど)単行本を先に1冊でも出して印税から制作費を捻出させて欲しい
  • それらすべてがダメなら、連載を打ち切って欲しい

という申し入れを、当時の連載元であった講談社モーニング編集部に対して行いました。

賃上げダメ・作画の質下げちゃダメ・単行本は出せない・打ち切りもダメ

(実際はもっと厳しい話だったので)悪意のない要約をすれば、原稿料賃上げも、単行本発売も、原稿料に合った作画に切り替えることも、打ち切りもすべてできない。君の金銭感覚が狂っている。わがままだ。と。
つまり返答は「このまま連載終了までの数年間、毎月借金を重ね続ける以外道はない」というものでした。
しつこく説明と相談をしましたが「このままで連載を続ける(現状維持)」という返答は覆らず、何事もなかったかのように次号分のスケジュールは動き出しました。またお金を借りて描くしかありません。このままでは今月も来月も私は毎月、作画内容によって数万円、十数万円、数十万円借りながら描き続けるしかありません。

当時、「もっと速く描けないの?」「一人で速く描けばアシスタント減らせない?」「どうしてアシスタントを使って楽しようとするの?徹夜すれば間に合わない?」と、たくさんの方からご指導賜りました。
あれを私に言った皆さんは、上司に「明日早く来れる?」と言われたらいつもと同じ時間に家を出ていつもより時速20km速い徒歩で出社するのでしょうか。「徒歩で行けば出張費減らせない?」と言われたら、徒歩で東海道を新幹線と並走するのでしょうか。「どうして船を使って楽しようとするの?東京湾からハワイまで泳げない?」と言われたら、何の疑問も感じないのでしょうか。今でも不思議です。
漫画家やアシスタントは、手先を人智を超えた速さで動かせるわけではありません、人智を超えた速さで動く手が描き上げる絵を正確に把握するために動体視力が読者の100倍いいわけでもありません。みなさんと同じ速さでしか動かない、使いすぎれば腱鞘炎などを起こしてもっともっと動かなくなる、生身の手を持った人間です。急いでも、ペンが時速500kmで動くことはありません。

10時間以上働くとだんだん疲れが見えてきます。20時間を超えて起きていると眠気も深刻になってきます。30時間を超えて描くと集中力も目に見えて落ちてきます。40時間続けた頃には食欲がなくなったり、食べたら眠気に耐え切れないほど疲労が溜まります。50時間目くらいになってくると、寒気や震えが出てくることもあります。60時間を過ぎる頃にはトイレに座って何も描いていない時間がこの世で一番幸福なのではないかと思います。寝なくても平気な人種がやっているのではなく、寝たらいけないから、責任感だけで起きているだけです。でも体のつくりは、人間です。
しかし、ただ起きているだけではダメです。「眠いから」、「意識が朦朧としているから」、「疲れているから」と言って、絵の質が変わってはいけません、書いてある文字が虚ろではいけません。「眠くないときと同じものを寝なくても」という暗黙の約束事のもと、正気で起き続けている必要があります。そういう意味の「寝なければ間に合いますか?」という質問を受けることは、よくあります。

無茶な話だと思います。
思いますが、そういう無茶で人数不足や時間不足を乗り越えている現場は、うちだけではありません。原稿料と作風のバランスが著しく悪い現場では、多くの人が、「気絶できないから起きているだけ」という時間を過ごしたことがあると思います。「今急病で倒れられたら幸せなのに」という笑い話をする同業者は多いです。本当に倒れたまま帰らぬ人となった同業者もいました。

(作風を加味しない原稿料の設定〉、〈必要以上の時間を割いた打ち合わせ〉、〈作品の質が向上するわけでもない執拗なリテイク(隅から隅まで気に入るまでネームを通さない、1発でOKを出さずに問題点をたくさん探してくるのが良い仕事だと思っている編集者さんも残念ながらたくさん居ます)〉これらで生じる人手不足や時間不足や資金不足を健やかに解決した上で、漫画を完成させる方法など、世界のどこにもありません。

「パソコンで描けば?」「パソコンならアシスタントいらないでしょ?」「アナログをやめればいいだけじゃん」「なんで自分の趣味でデジタル化しないだけなのに文句言ってんの?デジタル化すればベタもトーンも自動で済むんだろ」というご提案もたくさん受けました。
確かにパソコンはアナログと比べたら(100%ではありませんが、ほとんどの分野に於いて)楽です。合理化・短時間化・人件費削減が可能です。私は正直なところ、紙の原稿が、インクが、つけペンが大好きで、デジタル作画を好んでいませんが、それでも現在は生き残るための完全デジタル化を完了させました。それほどまでに楽だからです。
但し、「デジタルはマンガを描くのが楽」みたいな〈漠然とした楽〉ではありません。「黒い髪の毛の範囲を手作業で塗ると手を何往復もさせる必要があるけど、パソコンだと範囲選択をして塗りつぶしを実行するだけで良い」「物差しを用意しなくても直線がひける」「インクではないので乾くのを待たなくて良い」「消しゴムを40枚の原稿のすべてのコマにかけると1枚3分だとして2時間かかるが、パソコンではその作業がカットされるため、時給1,000円のアシスタントに依頼するとしてアナログより2,000円の節約になる(但し、機材とソフトの日割り料金は加味しない)」みたいな極めて〈具体的な楽〉を実行可能になった、というだけなので、パソコンを買ってきたからといって、突然10日かかる漫画が1時間で仕上がったり、5人がかりで5日で描いたものと完全に同質の絵を一人で5日で描けるとかはありません。物語が勝手に仕上がってくるとかも当然ありません。
数字を入力せずに、必要な表計算が完了するエクセルがないのと同じです。一文字も入力せずに書類の束を完成させるワードがないのと同じです。入力の手間までは省けません。そして、漫画における入力というのは、ペン型の機材で「線を描く」という動きを行い、絵をデータ化することを指します。この、入力を完全に省くことはそもそもできません。
また、当時は今ほど低価格化・ハイスペック化もクラウド化も進んでいなかった時代です。ペンタブレット、ネット・クラウド・通信環境、パソコン、作画ソフト、どれを取っても今ほど手頃ではない時代でした。
アシスタント全員が作画に耐えられるスペックのパソコンを持ち、緻密な作画に耐えられるタブレットを持ち、通信環境を持ち、そもそも同水準のデジタル技術を全員が身につけている、という条件下であれば即日改革可能かもしれませんが、魔法のようにそうすることはできません。
アシスタントさんたちが機材とソフトを自前で持っていない場合、アシスタントの人数分、それぞれの役割に応じたモニターとパソコンとペンタブレットとソフトを支給することになります。(どこまで揃えるかにもよりますが)私の現場であれば3〜5人分ですから、100万円〜200万円といったところでしょう。また、元よりデジタル技術があればそれで済みますが、そうでなければ、技術を身につける研修期間の賃金と、習得のための時間を用意する必要も生じます。
「使えないなら最初から技術がある奴を雇え!」ということであれば、技術がない人たち全員解約した上で、新たに求人告知を出し、書類選考し、面接し、実技を見せてもらい、いざ現場で作業してもらって、求めるものが出来なかったら求人からやり直し、ということです。人事にも時間がかかります。時間がかかるということは、その間、お金を稼げない、ということです。

漫画に限らず言えることだと思いますが、現場で作業に従事していない人がパッと思いつく案のほとんどは、現場ではとっくに検討済み、ということがほとんどではないでしょうか。
アルバイトとかでもありますよね、現場で何もしないオーナーが来て、的外れな指示をして帰っていくとか。一般企業の社員でもあると思います。別の部署の偉い人が何の役にも立たないアドバイスを名案のようにして「なぜやらないんだ?」と言うとか。

つまるところ、今冷静に振り返っても、当時の私が突然現場をフルデジタル化したからと言って抜本的解決はできませんでしたし、(第一、必要な分の機材を揃えるだけの借金をする余力がありませんでした。気力もありませんでしたが、現実的に与信審査の問題です。)「もっと速く描けないの?」と言われて人間を超越した存在になることも不可能でした。

他でもない私自身が、努力と精神論だけですべて越えようと試みましたが、努力と精神論では超えられないものもあると否応無しに理解したのは、この頃だったような気がします。

当時選択的に編集部と対立した私でしたが、自棄になったわけではありません。
生き残るために、生き残る方法を探るために、「金銭トラブルがあった」という立場を引き受けてでも、漫画と一緒に生き延びるために、出身誌と対峙する道を選びました。破れかぶれで漫画を投げたわけではありません。

賃上げはしない、作画の質も下げない、単行本も出さない、打ち切りにもしない、という条件下で、私と漫画が生き延びる方法がなかったから、一旦、強引にでも止める必要がありました。このまま走り続けたら漫画も私も、出版ゴシップとは次元の違う破滅的な方向に行くからです。

2009年8月、打ち切りの連絡は短いメール1通でした。
(現在は、和解しています。)

卒業式。巣立ちの歌(漫画「羣青」より)

猫が出なくても私の漫画には価値があると信じたい。

話は少しだけ変わりますが、元々私は、担当編集者さんと確執がありました。
生の原稿をコピー機に(1枚ずつではなく、自動で書類の束を読み込む口から)かけられてしまい、機内に飲み込まれていく中でスクリーントーンが剥がれ原稿が破損したり(横着なコピーの取り方のおかげで剥がれてしまったのは借金をして人件費を工面してアシスタントさんに仕上げてもらったトーンです)、作中で類似した状況のシーンが登場するとは言え、必ずしも場面を成立させる上で必要な情報ではないのに「中に射精をされたらどれくらい体内に残ってるんですか?垂れてくるんですか?中に溜まったままなんですか?」という質問を直接受けたり(レズビアンの私に聞く前に伴侶の女性に聞いてみるとか、社外ので外注作家である私に聞く前に、お子さんのいらっしゃる同性の雑誌関係者に業務上のこととして質問してみるとか、どうしても重要でしたらご自身で資料をあたるとかして頂く、という段取りが幾分マシかと思います。仮にこれが作中に必須の情報だったとしても、もう少し質問の仕方があったと思います)、セクシャルマイノリティのマイノリティ性・差別や偏見の受けやすさにも着眼する漫画企画を進行しながら「ゲイって誰とでもヤリますよね」「僕に害がなければ同性愛者に偏見はない」という雑談が繰り広げられる日常は暗澹としたものでした。

連載のタイトルは(ブルーな人たちが闇の方へ行くから)『ブルー・ブラック』(ブルーな人の群れだから)『群青〜ultramarine blue〜』のほか、『バビロンまで何マイル?』『夜想曲〜ノクターン〜』『セレナーデ・セレナータ・セレナード』の中から選べとのご指示でした。猛反発してやっと通して頂けたのが、群の1文字だけ「君を背負った羊」に差し替えた、現在のタイトル『羣青』です。

あーしはね、この人とドライブするために、既に一人殺してんだからね。(漫画「羣青」より)

担当編集者さんのご趣味で、ご自身の大好きな、猫を出して差し上げるまではネームが絶対に通りませんでした。ご自身の夢だった獣医師という設定をキャラクターにつけるまで「レズビアンの殺人犯でお嬢様というだけではあまりにも無特徴」「読者に引っかかるものがない」とのことで、掲載の可否を決める会議にすら持って行ってもらえない、という時期が続きました。何度直しても、他にどんな物語を提案しても、獣医師と猫を出すまでは絶対に駄目でした。担当編集者さん個人のご趣味のために作家生命のかかった企画を捻じ曲げて自身の名義で描くのは、とても辛いものでした。レズビアンの殺人犯でお嬢様というのは、そんなに無特徴でしょうか。ただシンプルに旅の途中で猫や猫好きを救う獣医師漫画を担当したいだけなら「獣医漫画をやりたいとずっと思っていたから獣医も出てくる漫画をやろうよ」と、ストレートに要求を伝えて頂くほうが、まだ落としどころがあったように思います。

振り返れば「私が嘘を言っているのでは?こんな提案をされるわけがないのでは?」と自分を疑いたくなるほど冗談のような話ですが、作中の食卓に出すご馳走のシーンは「ご馳走といえばグラタンと酢豚」という提案がありました。わさび醬油を使うシーンは、お刺身ではなく生春巻きなどを出すほうが望ましいとのことでした。そんな問答を、本当に合意が取れるまで、〆切前の晩に電話で繰り返していました。借金をして来てもらっているアシスタントさんを待たせながら。経費削減のために一人で描こうにも、猫や春巻きを出す出さないで時間が浪費されてしまうのですから、結局は「もっと人がいないと間に合わない」という状況を招きやすくなってしまいます。

こうしたやりとりを数年に渡り続けて、疲弊しました。電話を受けるだけで動悸がしたり、日常的に手指が震え、まっすぐな線も弾けなくなっていきました。『羣青』第1話目の原稿の感想が「これは猫好きが納得する猫」というコメントだけだったことを今でも時々思い出します。ご自宅にネームを持ち帰ってくださった日には、愛猫がネームでじゃれて遊んでいるという実況も聞きました。最愛の猫ちゃんがトイレ砂を歩いた足で、私の最愛の漫画原作と戯れている姿が目に浮かびます。後日不快だったことを伝えると「不快だったなら謝ります」「猫ってそういう動物です」とお詫びしてくださいました。「それにもう死にました」と、近況も教えてくださいました。猫がネームで遊ぶこと自体はいいのです。それを、見えていない電話口の私にわざわざ伝える選択が不快だ、と言っているのです。何の罪もない猫が悪かったという話にする必要はありません。漫画を作るにあたって、心に良い環境とは思えませんでした。

トラブルの後、私と同じ担当編集者についてもらったことがある、という複数の漫画家・漫画家志望者から連絡をもらいました。皆さん、猫を出すまで認めてもらえない日々が続き「自分の作品には何の価値もないのではないか」「もしかして本当に猫に頼らなければ見所がないのではないか」と悩んでいました。中には自信を失ってペンを折ったという方もいらっしゃいました。
「そんなはずない」「猫がいなくたって私の漫画には価値があるはずだ」と、自分を信じてあげたくても、認められないまま過ぎていく日々の積み重ねは心を蝕みます。
担当さんにとっては、自分が大好きなものだから個人的にも、(そして実際に、ネコ本の市場・ネコ漫画の需要というのはありますから)プロの編集者という自負をした上でも、よかれと思って猫の登場を勧めていたのだろうと想像しています。ただ単に猫が可愛かった、そういうことだろうと思います。

「モーニングで育ちました」

話が合うことだってもちろんありました。他の作家さんが別の編集さんに怒鳴られている話を聞くたびに、私の担当さんは穏やかな人でよかったなと思いました。物腰の柔らかい穏やかな語り口で、周りからの信頼の厚い方でした。談笑もたくさんしました。良い時間もたくさんありました。お世話になった事もたくさんあります。悪い人だとは思いません。ただ、作家と編集者という関係で、あまりにも他者が介入しづらい密室で、ご自身の趣味を強く出しすぎたり、気が緩んだ言葉を発したりしたのだとは思っています。映画や漫画の感想を言い合って、共感して嬉しかったことだってたくさんあります。朝まで飲み明かしたこともありました。
あの年、私を「あの凄いポスターを描いた人でしょう!?」と、広告業やイラスト業界隈でワンランク上まで押し上げてくれた舞台公演の宣伝美術のお仕事も、元々はモーニング編集部がきっかけのご縁で頂いた仕事です。
何より、どういう形や経緯だったとしても、新人だった私が『羣青』と共に世に出るきっかけを作ってくださったわけですから、当時の関係者の面々には本当に感謝していますし、同業者に「出身は?」と聞かれると「モーニングで育ちました」と答えます。

「羣青」がモーニング・ツーの表紙を飾った号

ただ、どれほどモーニング編集部に恩義や情があったとしても、私は作者である以上『羣青』を、軌道修正できる範囲で面白い方向に持って行く責任を感じていました。『羣青』の親として、我が子に対して感じた責任です。
そして、将来の自分に対しても、少しでも真っ当な物語を残してやりたいと思いました。未来の私が、胸を張って「代表作です」と言えて、映画になったり、ドラマになったり、舞台になったりするようなものを若いうちに描き上げておいてあげたい、と思っていました。
担当さんにご提案頂いた、殺人逃避行の道すがら、ペットロスの人を助けて回って、ふたりが生と死を考えるようになっていくストーリーだとか、野良猫の温もりに触れたことで殺人を後悔するストーリーだとか、家出小学生の恋のお悩み相談を聞くストーリーも、『羣青』以外でやるなら、きっと面白い話になったでしょう。今、昔よりは成熟した私に発注して頂ければそのストーリーでそれなりのものを描けると思います。ただ、私は『羣青』がこれ以上、捻じ曲がっていくことに耐えられませんでした。『羣青』にはペットロスも小学生の恋も猫の温もりも要りません。ふたりの、ふたりを取り巻く人たちの、痛切で愚かで頑なでみっともなくて愛おしい人生が収められていればいいと信じることにしました。それを叶えるためには、密室で起きているトラブルのすべてを断ち切る必要がありました。
(だからと言って簡単に「担当さんを変えてください」も「しばらく休ませてください」も叶いませんでした。移籍するほどのトラブルに発展する未来が見えていれば、きっと編集部の皆さんは、それらを避けるために適切な対処をしてくれたと思います。ただ、慌ただしい日々の中では、たとえば、まさかここまで揉めるとは思わなかった、というような心持ちで、幾つかの分岐点を素通りしてしまわれたのかな、と、なんとなく想像しています。それ自体は、誰にでもあることだと思います。)

結果として私が講談社モーニング編集部(の『羣青』の関係)と袂を別つ過程で「あれは編集部とトラブルのあった曰くつきのマンガ」と、そこかしこで囁かれる末路を作ってしまったわけですから、我が子の将来を最も大きく曲げてしまったのは、私でしたが。

当時、トラブルのすべてが密室に葬り去られた『羣青』について、私に思いつくことができた救う方法は「他の出版社の目につく場所で公表して拾ってもらう」以外ありませんでした。稚拙だったようにも思いますし、でも、他にどんな方法があっただろう、とも思います。連載1作目で実績もない新人だった私が見ていた世界と、今の私が見ている世界はきっともう違う世界ですから、今の私が当時の私がいた世界をもう一度当時の目で見渡すことはできません。

すべて間違った選択をしたけれど、物語は守れた。しかし、物語を守るために、何もかも間違えた。

どれもこれも私側の手短な話であって、当時の関係者の方にしてみれば「もっと上手に金銭のやりくりをするべきだっただろう」とか「人件費が払えないなら一人で描けたはずだ」とか「本当に猫や獣医を出さなければどうしようもないほどお前の漫画はつまらなかった」とか、「いくら追い詰められたからといって世間に公表するのはよくない」とか、(これらは私の想像のほんの一部ですが)ご意見があったかと思います。私も、この件で、私が10割正しいとは思っていません。
むしろ「すべて間違った選択をしたけれど、物語だけは守れた」「しかし物語を守るために、何もかも間違えた」というのが、今の私が感じることです。なかったことになるなら、なかったことにしたい嫌な歴史です。
でも、この歴史が消えたら、『羣青』がペットロスの人々や恋する家出小学生を救うロードムービーになっているのかも、惚れた女性のために殺人犯にまで成り下がったあの子は、愛した女性ではなく野良猫の温もりによって心を変化させていく人生を送ったのかも、と思うと、汚い歴史が自分にまとわりついてくることに、いくらか諦めはつきます。

みんな死ぬほど私を殴るくせに、いっそ殺してくれって頼んでも死なせてはくれなかったわ。(漫画「羣青」より)

連載はその後、今はもうなくなってしまいましたが、江上英樹編集長のもと小学館から刊行されていた「IKKI」という雑誌に移籍し、2010年、2011年(東日本大震災の被害が思ったより大きく、ここでもまた借金が増えてしまいました。トホホ)、2012年に、上・中・下巻をそれぞれ刊行し、幕を閉じました。
(まだどことも契約は結んでいませんが、)映画化やドラマ化の問い合わせが絶えない、今でもたくさんの感想が届く物語として最後を迎えることができました。「結果オーライ」なんていう軽い気持ちには到底なれませんし、今でも重たい気持ちは引きずっていますが、それでも、物語が(登場するふたりの人生が)あるべき姿で終末に到達したことには安堵しています。

心配ないのにね、あんたなんか、誰かを独りにすることはあっても、自分は絶対独りになったりしないんだから。(漫画「羣青」より)

 

「載るだけで感謝しろ!」「漫画で金を欲しがるな!」同業者からの叱責で、ますます働き方を考えるように。

前置きが長くなってしまいましたが、そんな経緯がある私なので、わりと長いこと「漫画家としてどういう働き方を選べば良いのだろう」「私たちの世代は、一体どうしよう」と悩んでいました。
自分の働き方についてもそうですし、自分のことだけでなく、他の作家さん、特に、金銭的なトラブルになった私を厳しく批判した作家さんたちの発想も心配でした。

何コレ、どーすんの?チップ?(漫画「羣青」より)

余計なお世話だとは思うのですが、危ういご意見をたくさん頂いたのです。
トラブルの渦中にいた私には、特に出版以外の企業や役所でお勤めをなさっている皆さんから「発注した商品に必要な代金を払うのは社会では当たり前。不当な賃上げ要求ではない」という励ましの声も多数届いていたのですが、それと同じくらい多く届いたのが、他でもない同業者、漫画家からの「載せてもらえるだけで感謝すべき」「タダでも描けるようじゃなければ、いくら綺麗事を並べても漫画への愛は偽物。所詮はお金が欲しいだけ」「私だっていつも赤字で借金もありますが文句を言ったことはありません」「そんなキャリアでお金が欲しいなんて甘ったれるな」という意見の数々でした。

もちろん、「私もずっと不当だと思っていた」「儲けたいわけではなくて絶対かかる経費が原稿料に盛り込まれていないのは大変だった」「編集さんに初めて、絵を描いたらお金って欲しいの?と聞いてもらえた」という連絡も多くの作家さんから頂きましたが、同業者内でそれを上回ったのが「みんな苦労しているのだから我慢しろ」という叱責です。「使ってもらえるだけで感謝すべき」「私だって同じ苦労をしているが文句を言ったことはない」「借金も赤字もすべて受け入れてタダでも描いて、載ったら感謝すべき」という発想は、労働をする上で、非常に不安な発想です。

どうしても我慢をしたいならば、そういう美徳であったりご趣味であったりを貫きたいならば、強く否定はいたしませんし、その発想が周りに与える影響はともかくとして「タダでも描いてこそ真の漫画家」を貫いて生きていけるだけの富がある方は良いでしょう。しかし、明らかに労働階級で、今後なるべく漫画家として生活することを望み、それでいてヒット作がない(どころか単行本の実売が数万部に届かない)とか、自分で清貧を選んでいるわけではなくどっちみち安く使い捨てる想定で起用されているとか、現実的には経済力が必要な作家にとっては、自分自身の将来を積極的に不安定な方向へ導く発想ではないでしょうか。

個人的には、自分の名を地に落としてでも、首を差し出してでも出版社に対して「対価を!」と叫ぶことを選んだ漫画家を同業者が咎める実質的なメリットはないと思います。(なんだか気にくわないから黙ってろ、ということであれば、精神的なメリットはあるかもしれませんが。)(また、「ゴネたらどうせ首を切られるんだから黙っているほうが賢明」「私まで編集部から銭ゲバだと思われたら不利益を被るから積極的に反対意見を表明して、自分はお金にうるさい作家じゃないとアピールしておきたい」という保身については理解できます。また、保身をせざるを得ない業界内の空気についても看過し難い問題でしょう。)

結局誰かが賛否両論の嵐に巻き込まれながら叫んでいかないことには、そもそも原稿料のシステムが不当だと感じる漫画家の存在や、借金を重ね続けている漫画家の存在は可視化されません。それどころか、漫画家が漫画の対価としての賃金を欲しがっているということにすら気付かない編集さんも、残念ながら(一部には)いるのです。

近年、次々と漫画家が声を上げるようになってから、編集さんに「表紙絵を描いてお金もらえるとしたら欲しい?載るだけで嬉しいんじゃないの?」と聞いてもらえた(初めてお金の話をしてもらえた)とか、「マンガが載るだけで満足っていうわけではないんですね」と分かってもらえたとか、少しずつ風通しが変わった話を聞く機会が増えました。例に挙げた編集さんの言葉は、「労働したら対価が欲しいのは当たり前」「実際に支払われる金額より、商品の仕入れ値のほうが遥かに高いのに、その金額で買われ続けたら困る」という感覚を当然のように持っている方にしてみれば驚く言葉かもしれませんが、実際に多くの漫画家が声を上げるようになってから「この作業にお金って欲しい?」と質問される作家さんは増えています。そのくらい「ついでに描いてよ」「これでどうにかしてよ」が罷り通る世界なのです。

少しずつ説明を積み重ねて、「漫画家の労働が生きていくための労働である」ということが(世間だけでなく、私に「みんなで同じ苦労をすべきだ、金を欲しがるな」と憤った漫画家さんたちにも)認知されるようになればと願っています。

とは言っても(紙の)出版不況と言われて久しい中、私たちはより一層賃金を確保しにくい状況に立たされていくのかもしれません。そうなった時、ペンを折りたくないなら、ビジネスとして続けたいなら、生き残る手立てを考えなければなりません。
近年は「載せてもらえるだけで感謝」以外何の利益も出ない案件が当時より遥かに増えました。パソコンの普及とペイントソフトの低価格化・高機能化に伴ってイラスト業界の大部分も値崩を続けていますが、本当に、タダ同然や、同然ならまだマシですが、タダの仕事が増えました。
当時は「載せてもらえるだけで感謝」と言いつつ、どんなに安い案件でも1ページ5,000円はもらえた作家が多かったと思います。なんならページ1万円以上もらいながら「載せてもらえるだけで感謝」と言っていた作家だって居たはずです(私たちは大体の雑誌の底値を知っているので、作家さんの名前が分かれば、いくらもらいながら「載せてもらえるだけで感謝しろ」を言っていたか筒抜けです)。もちろんこれは、口ではそんなこと言いながら実際にはもらっているんだからズルイ、という話ではありません。
かつては、それでも大抵の案件で原稿料が出たからそんなことを言っていられたけれど、いよいよ本当に、〈作家側の美徳〉ではなく、〈発注側の条件〉で「報酬は、載せてあげることです」も出てきました。個人が発行している非商用のフリーペーパーや利益追求をしない方針の同人誌なら理解もできますが、企業が収益を上げるための媒体に掲載するものが無報酬、という待遇が当たり前のように出てきました。ここまでくるのは思ったより早かったです。

また、独占契約・専属契約を結んだわけでもないのに、担当作家が他社で仕事をすることを嫌う編集者さんも少なからず実在します。そういう方針の編集者さんに担当されている作家さんは、資金繰りが苦しい時に非常に苦労します。その編集部では稼げない、しかし他社で描いたら嫌われてしまうかもしれない、怒られてしまうかもしれない、この会社での仕事を取り上げられてしまうかもしれない。掛け持ち労働が必要な弱小作家ほど、強くは出られませんし、危ない橋を渡れません。これでは心健やかに働けないと思います。

清貧や義理人情、精神論だけで生きていけるなら私たちは誰も苦労しませんが、現実は厳しく日々と隣り合わせています。果たしてこれでいいんだろうか?他にもっと作家が生き残る道があったっていいじゃないか、と常に思っていました。

何コレ、どーすんの?チップ?(漫画「羣青」より)

「脱・出版社」宣言をしたいわけではない

私はもともと「編集さんと組むのがストレス」という性分でもありません。どちらかと言えば編集さんと意見を出し合いながら漫画を組み上げていくのもカナリ好きです。(モーニング編集部との出来事も、4年以上在籍した上で堪え兼ねた、という出来事ですから、いつでも編集者さんと組んだ仕事が頓挫しているわけではないのです。パブリックイメージでは、出版社嫌いの作家だと思われていますけどね。)
トラブルのあった作品の所属編集部ばかり話題になりやすく、トラブルなく良好な関係を築いてお仕事をしている編集者さんは表で目立たない、というだけの話ですから、巡り合わせ次第ではいくらでも良識的な編集さんは居るのです。お金をたくさん工面する努力をしてくれる、という意味ではありません。紙の出版不況や、会社の方針と、作家の板挟みになりながら、現実的な条件を共に打ち合わせた上で、作品制作に於いても対等かつ客観的に話ができる、という意味です。

だから理想を言えば、好きな編集部のお抱え作家のままで居ことができたらそれに越したことはなかったかもしれません。働き方を探る必要がなければわざわざ自分で船を漕ぎ出すことはしなかったかもしれません。
単純な話、一緒に働いていて楽しい編集さんと組めば、仕事そのものが楽しいわけですから、新しい働き方を模索する原動力がそこまで強くなりません。
仮に担当さんとうまくいっていなかったとしても、一般論としてはメリットもあります。(適切な賃金かどうかはともかく、作家個人と比べたら)圧倒的な企業の資本力もありますし、情報のネットワークや業務のノウハウもあります。そして一番は社会的信用でしょうか。クレジットカードやローンの審査も、大企業に長く勤めた人は通りやすいのと同じで、やっぱり、大きいところで長く描いた作家というのは、業界内でも信用されます。少なくとも個人出版しかしていない作家よりは、安全な物件に見えるのでしょう。実際に安全かはともかく、イメージって大事ですから。それに、手厳しい読者さんから三流扱いされないというのもあります。紙雑誌にも出るのが一流、web雑誌だけは二流、自分でやってるのは三流っていうかプロですらない趣味の同人、みたいな扱いはどうしても避けきれなかったりします。取材や販促も非常にしやすくなります。個人で芸能事務所やマスコミ各社、一般企業や役所に取材を申し込むより、スムーズに対応してもらえますし、単行本を出すにも、個人で推薦コメントを集めるより著名な方のコメントを頂きやすいです。

というわけで、出版社で描くことを必ずしも悪く思っているわけではない私ですが、しかし、出版社の仕事というのは作家が望めば必ず確約されるものではありません。
2年ほど前、数作は契約した掲載回数の満了で、数作は不人気による打ち切りで、私はいっぺんに連載(定期的な仕事)を失ってしまいます。無職状態になりました。

 

最近できた「note」とかいうのが面白いらしい(?)

さて、ちょうどその年の春、私がすべての連載を失う半年ほど前ですが、ピースオブケイクという会社がnoteというサービスを始めました。「面白そうだ」と思ったキッカケは、お友達でもあり敬愛している文筆家でもある岡田育さんがアーリーアダプターとなり、執筆していたことが一番大きかったと思います。更に岡田さんは、noteのサービス開始早々、売上まで公開してくれたのです。

参考

わたしは驢馬に乗ってnoteをうりにゆきたい|岡田育(note)

この記事で目の当たりにしたのは、個人の文筆家が、始まりたてのサービスを使って、それも、出版社が高額な予算をかけて作るような手の込んだweb媒体ではなく、〈記事〉という単位のものを売って、1カ月足らずで14万2300円を稼いだ、ということ。鮮烈な数字でした。

まだまだユーザーが少ない、サービスが始まったばかりでも、この数字が出てくる。しかも、個人で。
もし岡田さんが売上を公開していなかったら、note作家としての私は果たして居たかどうか分かりません。「画像ファイルを持っていかれて、転載されて終わりかも」と、危ない橋だと思って、寄り付かなかったかもしれません。

とは言え、サービススタート当初、私はnoteに手を出しませんでした。岡田さんの記事は面白かったし、正直売上は羨ましいものでしたが、サービス開始当時の私は(当時まだ多数の連載を抱えていて、打ち切りを言い渡される前だったから、というのもありましたが)noteで何を売ったらいいかわからなかったのです。

縦スクロールだし、見開きじゃないから、従来の漫画とはセオリーが違いそうです。先述の無断転載の不安もあり、「大本命の作品は危険だから軽はずみにアップできないのでは?」という悩みもありました。でも、軽めのもので収益につながるものもパッと思い浮かばず、さらには「売れなかったらどうしよう」という自意識に邪魔されて、私はサービス開始のお祭りには参戦しませんでした。

月刊コミック無職1号表紙「無職になった」「収入源を失った」というのは、新しい挑戦をする動機として充分すぎるほど強大で、結局、その年の年末に私は『コミック無職』という名でnoteアカウントの運用を始めるのですが。

note以外にもクリエイターが独自で出版できるサービスというのは既にあって、たとえば恐らく最も有名なものでは、KDP(キンドル・ダイレクト・パブリッシング)という個人出版サービスが既にAmazonで始まっていました。

しかし、私の手元にはすぐKindle(Kindleなら転載されないというわけではありませんが)で出版できるほどページ数が溜まっていて、なおかつ権利契約上、私が電子出版してしまっても差し支えない原稿は1作もありません。

ほかのサービスも大体、単位が〈1冊〉であって〈記事〉や〈1話〉ではないのです。

「大きなコンテンツをすぐには用意できない」という消極的な事情も手伝って、私はひとまず、noteで個人出版を展開することにしました。それに合わせて、自主レーベルの『締切出版』を立ち上げました。漫画家にとって馴染みの深い愛憎関係の存在・締切。…締切よ、お前がないと、私に需要があるということが証明できない。しかし締切よ、お前があると、私は慌てふためく。私と締切というのは、難しい関係なのです。しかし、愛おしい存在です。そんな意味と、「うちは締め切ったパブリッシャーですよ〜」という佇まいを引っ掛けて、『締切出版』です。今も細々と、親しい作家さんの著作の出版や編集を手伝ったり、拙作の電子書籍をリリースしたり、活動しています。(ホームページまでは手が回らなかったので一旦『締切出版』単体の公式webは撤去しました。)

漫画を支えてくれる人たちを信じよう

ところで、「画像ファイルを持っていかれて、転載されて終わりかも」という私の懸念を払拭してくれたのは、長年お世話になってきた、ある雑誌の担当さんでした。電話で今後の身の振り方の話をしている時に、私が「無断転載されて無料で再配布されちゃうリスクとかも絶対ありますけどね」と言うと、担当さんは言いました。

「でも善良な人って一定数いますから!」

月刊コミック無職2号表紙考えてみれば当たり前のことかもしれません。みんながみんな、取ろうと思えば取れるからといって、万引きをするわけではないですもんね。でも、ハッとしました。私は心のどこかで、インターネットを個人が集合している空間ではなく、何か大きなオバケだと思っていたのかもしれません。
私は人を本当のところで、信用できていなかったのだと思います。担当さんの一言で、考えを改め、「読者を信じよう」という当たり前の感覚をハッキリと身につけることができました。

「信じる」というのは、「無料で勝手に配布する人なんか絶対いないはず!」と楽観することではありません。「ちょっと探せば無料で無断配布されたマンガが読める。それでも買うことを選んでくれる人の存在が漫画を生かしてくれると信じて頑張ってみよう」ということです。

月刊コミック無職3号表紙結果として、私が信じたものは正しかったと思います。世の中にはたくさん、お金を払って、漫画を読んでくれる人が、すごくたくさん居るということを実感しました。私がまだ漫画を描いて生活している、というのがすべての証拠です。

noteに掲載したコンテンツの中にも、人気・不人気はあって、打ち切られていくもの、買われないもの、たまに買われるもの、出せば必ず買われるもの、作品ごとのクラスは様々ですが、今年の夏にはKindle Direct Publishingから、私のnoteで一番の人気作、『レズと七人の彼女たち』の電子単行本をリリースすることが叶いました。

結果的には導入して本当に良かったのですが、単行本を刊行するにあたって商用利用可能なフォント(私の単行本で使われているのは、モリサワフォント MORISAWA PASSPORT ONEに収録されているフォント)のライセンス契約をしたりして、これが年間5万円くらいするものだから、本当に「誰でも簡単に出版できます」っていう世界があるかと言えば、「見た目にこだわらなければ誰でもある程度は」という感じで、突き詰めようとすると結構出費もあったのですが、それでもまあ、それくらいの投資で自力で単行本を出して、それが生活できるだけの売上を上げてくれて、というところに辿り着くことはできました。

中村珍先生、「マンガ家は描きたいマンガが描ける仕事じゃない」は本当ですか?

駆け足で私の作家半生を詰め込んだので、長くなってしまいましたが、以上が概ね今の私の働き方に至るまでの、主な出来事です。

noteでの作家活動や、今現在の私について詳しくは、朽木記者に取材して頂いた記事、中村珍先生、「マンガ家は描きたいマンガが描ける仕事じゃない」は本当ですか?(HRナビ)をご覧頂ければと思います。私の自分の話はグチャグチャしているけど、記者さんの記事はスッキリ明解にまとまっているので。「個人で売ってみてどうだった?」「webで連載してみたメリットは?」みたいなこともお話しさせて頂いてます。

画像: 中道薫記者 撮影
中村珍先生、「マンガ家は描きたいマンガが描ける仕事じゃない」は本当ですか?|HRナビ

HRナビ|中村珍先生、「マンガ家は描きたいマンガが描ける仕事じゃない」は本当ですか?(インタビューの様子)