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「刺青龍門」試し読み(初期マンガ集収録短編)

『中村珍初期マンガ集 ちんまん(※シリアスなのだけ)』カバー(装丁:諏訪菓)

どれもこれも結果論でしかないし、「どうするのがいいに決まってる」なんてことは言えないのですが、その上で、「このトラブルが葬り去られてしまったら本当に生活に支障が出る結末しか待ってない」とか、「どうしても倫理的に納得がいかないし精神的に限界で体調にまで問題が出始めた」とか、そういう深刻な状態なら、良い意味でも悪い意味でもインターネットやお茶の間は物事や人事を裁くことに積極的な性質の人間が集まりやすくもある場所なので、人目の多い場所で表沙汰になれば、各々裁いてくれて、その上で意見を尊重してくれる人も居るでしょうから、「百害あって一利なしとは言い切れない」かな、と思います。表沙汰のトラブルになるほうがマシな場合もあるかな、と…、密室で葬られてしまったことが(このデビュー取り消し以外にも)いくつかあった身としては。
ギャラリーが多い場所でトラブルが展開されるほうが(精神衛生や風評被害などはほぼ諦めて『後々救われる可能性』というたった1点だけを重視すると、ですが…)作品を生き残らせたり、作家として次に繋げる面では、密室よりは望みが多いと思うので。理屈やエビデンス0で10割が罵詈雑言と恨みごとだったりすると未来もなにもないですが、そういうことじゃないでしょうし。

…でも、もちろん、所詮、「マシ」という程度でしかなくて、そもそもそういう疑惑を掛けられたり、そういうトラブルに発展してしまうこと自体が心労だし、最悪なことだから、全然、自分についても「表沙汰のトラブル歓迎!」とかは思わないし、表でトラブルになった他人に対しても「表沙汰にできておめでとう!」とか、積極的に推奨するような感情はないですが。
それに、「百害あって一利なしではない」というのも「百利ある」というわけじゃないですから、イメージ的には「万害あるが利待ちの意義は有り」くらいなので、結局は渦中に入ったら最後、当面は楽な道がない時間が続く可能性が高いですけど…。

「編集部が味方として本気で救ってくれない時は」というのは看過できない要件だと思います。肝心なパートナーが話にならない状態だったら、おてんとさまのもとで係争する意味もあると思いますが、編集部とか専門の法律家さんやなんかがちゃんと疑惑や原告的な人などから自分を本気で守ろうとしてくれているなら、普通に水面下で耐えたほうが私は絶対いいと思います。
〈(救ってくれない場合の)強い組織〉の作った密室は、そもそも「言いくるめて水面下で片付ける」という総意で用意されているものですから、外のほうが安全です。逆に、押し込めるための密室ではなくて、匿うための部屋を用意してくれる味方がいるなら、中のほうが安全でしょう。理想を言えば、一番いいのは初期段階で編集部や担当編集者が、本気で疑惑から守ってくれることです。守るというのは、ただ疑惑を向ける人と真っ向対立する方法だけでなく、穏やかな打開策を考えてくれるとか、ちゃんと根回ししてくれるとか、とにかく早い段階で仲裁に入ってくれるとか、矢面に立ってくれるとか。そういうことを早い段階で編集さん(など、ビジネスパートナー的な人)にしてもらえるのが一番重要です。
「疑惑から作家を助けてくれない」・「磨耗してでも双方納得に辿り着く努力よりも、黙ってやり過ごすこと重視の編集部だった」・「作家の言い分より疑惑を信じる」というのを目の当たりにするまでは注意深く、自分のビジネスパートナーがトラブルをどう処理したがっているかを注視する必要があると思います。

ヒット作も持っていない私(笑)が言うことを信じてくれる人がいるかは分かりませんが、「あの大ヒット作のプロット、私が同じ担当さんに出したやつなんだけど…」とか、「なんで私のボツになったネームと完全に同じネームで他の作家さんが描いてるんですか?」とか、「えっ、そのタイトル私が出してたやつなのに何で勝手に他の人のマンガで使っちゃったんですか?」とか、「確かに私はお酒の入った席でアイデアをペラペラペラ〜っと喋っただけでまだそれをネーム化してないから、著作権者とは言えないし、録音がないから、雑談から着想を得た〜とか言われたらそれまでですけど、私が喋ったこと全部他の担当作家に喋って、それで新連載始めちゃうとか、仁義ないんですか?!法的にはセーフでも仁義としてアウトってあるでしょ!?」とか、あります。キャリア5〜6年までの、誰が見ても若手・新人という感じだった時期に特に集中しています。以後、懲りてあんまり編集部にプロットを送ったり詳しいシナリオを確約前に見せたり、口頭で新しい提案をしなくなったから、というのもあると思いますが、10年を迎える頃にはすっかりなくなりました。

どこの出版社のどこの編集部の誰、とは言いませんし、言えませんが。(今となっては見る影もありませんが、若い頃の私は「期待の新人」「新進気鋭の鬼才」なんて煽られて、引く手数多の、ありとあらゆる編集部から声がかかった時期がありました。だから、取引実績がある出版社以外にも担当編集さんは大勢いるので、私が単行本を出版してもらったり、頻繁にお仕事をしているような中からアタリをつけたりしないでくださいね…。復唱しますが、水面下は水面下にありますから、密室で消えてしまった事実はみなさんの目には届かないんです。)
たとえようもないほど、ただただ悔しいですよ、自分が作った設定が、その設定の部分が世間からすごく褒められて、その設定なしでは成立しない物語が、何百万部も売れて、私が作ったものとかぶらないように遠慮しながら、自分のマンガを描くのは(笑)
結果的に私は、いろんな事情・我慢・譲歩・失意・しがらみ・圧力・もうめんどくさい・契約・自制心・多忙・私生活の優先・炎上芸だと思われたくない自意識・関係者からの懇願・無気力・自分の体調不良など、など、言い尽くせない様々な理由によって、表沙汰にする決断をしませんでしたが、それは「怒りや悔しさがそこまでするほど大きくなかった」とは違います。
とてもとても、複雑なことです。
私が土台を作った漫画の著者となった作家さんは、もしかしたら編集さんが私から盗っていったアイデアだということを知らないかもしれないし、それを知ったら「連載やめます」みたいに誠実なことを言い出してしまう人かもしれません。でも、私の怒りや嫌悪のピークは、そもそも盗られたことだから、連載が消えたところで何か変わるわけじゃない。しかも、勝手に使ったのは作家さんではないし。第一、その作家さんの遺伝子も混ざっている漫画を私だけが奪うこともしたくない。せっかく生きたキャラクターを作者や読者から取り上げることだって、まったく私の本意ではないし、原案や土台は私のものでも、走り出したあとの作品はその作家さんのオリジナリティが乗ってきているし(実際、私がオリジナルを主張したい箇所も限られた箇所で、あらすじとか、ネームの中の数十ページとか、タイトルと設定とか、長期連載している長編作品は特に年月が嵩めば嵩むほど、私だけが作った部分の割合はかなり低くなっていきますし)、私も私で、生活のためのめまぐるしい日々の中で係争にばかり時間を割いていられないし、結局、結構気に入っていた懐かしいタイトルや、平積みされる私ではない漫画家さんが描いた単行本、映像化のニュースや、仕上がった映像作品のもろもろを見かけるたびに、「私のだったのに」という痛恨の感情もハッキリと湧くんですが、今も悔しいですが、「でも同じあらすじ・同じタイトル・同じネームでも、私の絵柄や筆力じゃここまで大ブレイクしなかったかもな」という気持ちが、(昔はただ自分を落ち着かせるために胸に言い聞かせていた、自己暗示だったものが、)いつの間にか本音みたいに染み付いてきて、最近だんだん他人事・他人の子のように見えて、落胆や怒りが薄れてきました。怒りや悔しさを失うことがいいことなのかは分かりません。ただ、それに気を取られて、目に入るたび苛立っていた頃よりは日々は穏やかです…。

(でも私からアイデアを持っていった編集さんは、私がこんなような話をするたびに、私の名前を見聞きするたびに、胸中穏やかではないでしょうね。それだけが密室で負けた私にできる復讐です。でも、あんなに堂々と悪びれもせず持っていってしまったくらいだから、貴殿のビジネス哲学では私はただの敗者かもしれないですね。)

そんなわけで、ほとんどのトラブルを密室で葬り去られてきた、向こうの圧倒的パワーと、途方のなさに対する自分の無気力に負け続けて、いろいろ諦め続けてきた私なので、能動的に対処しようとしてる人たちに大したアドバイスはできないのですが…。ただ、仮に、仮にですが、これらの件で全面的に対立するのだとしたら、(今でこそ年相応の財力が若干ついてきましたが、それが起きた当時は、もし出るところに出る決断をするとしたら争うための資金も、争っている間の生活を支える資金もなかったですから、)裁判費用を工面するところから表沙汰にするしかないだろうな…とか、想像しています。実際は結構無気力だったので、このたぐいの裁判にいくらかかるのか、とか調べもせず、グッタリしながら静かに怒って日々が過ぎていきましたが。…なんにしろこういう厄介ごとは、当事者が力のない新人の場合や無気力になるほど疲弊している場合だとかは特に、密室でトラブル対処されると、簡単に潰れます。企画も、作家生命も、チャンスも、時の運も、簡単に潰れます。新人潰し・企画潰し・知財侵害の意図がなくても、結果として「何が起きたか誰にも知られず」に。

出版業界でこうした話題はちょくちょく湧いて出て、そのたび私は、「自分の著作物やアイデアが強いパワーに消された・奪われた」時の悔しさと、「明らかに著作権法的にアウトだろ!」という時の怒りと、「法的にはセーフだけど仁義的になんとかならんかったんかい」っていう呆れと、「守ってくれる編集部じゃなかった」という時の失望と、「盗作したなら正直に言え」と根も葉もない自白を促された時に感じた他者への諦めと、…これらの立ち位置から、いっぺんに、全方位への同情や感情移入をして、それでいて同時に、いっぺんに、全方位への嫌悪を感じています。もうそれはぐっちゃぐっちゃな気持ちなので外から見たら言ってることが支離滅裂に見えたり、二転三転しているように思われたり、実際そんなような指摘を受けたりすることもあって、その見え方も指摘ももっともだなと思っています。
…そんな葛藤をよそに、盗作で問題になった本が、(盗作された側が正当に評価されて売れたのではなく、)した側の本が物凄く売れて、編集さんも盗作した著者も大歓喜、なんて話題も出版業界にはありましたし、誰にとって何が一番とか、全然分からないんですけどね…。

時々寄せられる、「表沙汰にするのと密室で片付けるの、どっちがいいの?」に関しては、だから、歯切れが悪いし、歯切れよく言うと支離滅裂な意見を強く言ってるだけみたいに見えてくるので、どう表現したものかな…と正直悩んでいるんですが、なんというか、「表沙汰でトラブルになれてよかったね」なんて微塵も思えませんが、「表沙汰になったら終わり、ではない」「むしろ表沙汰にならないと終わり、もある」というのを、「表沙汰になったから終わらずに済んだ」パターンからも「表沙汰にならなかったから揉み消された」パターンからも、実体験として嫌というほど体感したので、仮に、いや、もう、さすがに、私はデビュー作からして盗作疑惑で消された身で、そのあたりは最初から懲りているので、事前に根回しせず梵字や刺青みたいな誤解を受けやすいものを描くことはもうないとは思いますが…、仮にまた盗作疑惑をかけられて何か消されそうになったら、あとは、もう私の作ったものを盗んで無断で他の先生にあげちゃうようなことをする編集さんは現れて欲しくないですが…、まかり間違って次があったら、「私は盗作してません」「私のものを盗まないでください」はちゃんと、まずは密室でキッパリと、それで潰されそうになった時は、嫌だけど、表で復唱しようかな…と、改めて思いました。

暴走族時代の集合写真(中村珍|LADY STANCHより)思ったけどそういえば、私、『刺青龍門』の冤罪前科に続いて、『LADY STANCH』という読切でもヤングジャンプ編集部の偉い人から「こういう並び方をした暴走族の写真を見たことがあるけど盗作じゃない?」っていう確認をされたんでした。その時も、一瞬で疲れてしまって、著作権上問題のあることはしていない、という説明はしつつ、あんまりビシッと反論できなかったのでした…トホホ〜…。
ちなみにこれも、ゼロ年代初頭あたりまではまだ見掛けたハレ感のある集合の仕方(ほとんどの場合写真用)で、たとえば漫画で結婚式の写真を描いたとして「結婚式のこういう集合写真を見たことがあるが、盗作ではないのか?」って聞かれるとか、漫画にお雛様を描いて「こういう段の上にこういう並び方をした雛人形を見たことがあるが、この飾り方は盗作ではないか?」って聞かれるみたいな、「いや、違います、みんなこういうときはこうやって並びますよ」っていうタイプの事柄です。結婚式やお雛様と比べたら見慣れないものだと思うので聞かれてもしょうがないかなっていう気はしつつ、これと同じものをヤンキー漫画や暴走族漫画で有名な大御所の先生たちが描いた時も、編集長は「盗作か?」って聞くんですか?と思うと、「権威のない者が一度信頼を失うと、冤罪だとしても、もうダメなのかもな…」とガックリきました。

「サイン欲しいんです」(レズと七人の彼女たち)あのままこの読切でデビューしていれば、初期の私は刺青漫画を連作して、きっとそういう流れで「わりと明るくて、ときどき深い瞬間もあるけど、基本的には軽さがあって、ヒューマン系のちょっとイイハナシ」(そして、1話に1回一応パンチラを描いて、なるべく女の人が裸になる用事を増やして、主人公を支える女たちは基本的に成熟していて主人公が稚拙でも見放したりはせず、主人公はなんか愛されつつ成長する。たまに叱ってくれるけど愛があるやつ。)みたいな路線を進んだと思うので、そうすると『羣青』みたいな作風には進まず、全然違う作家人生になったと思うので(…おまけに、結果的に私は、『羣青』の読者だった人の彼女になった ので、プライベートもきっと今と違う人生になっていたはずなので、)まあいいか、という心の整理をしてあるのですが、この漫画の原稿を見るたびに、「私の漫画は密室で、人様のものを盗んだ、っていう理由で消されたんだな」という事実は、何年経っても反芻します。

本当は私がデビューするはずだった、2005年9月15日・ヤングジャンプは毎週木曜日発売!の日付で、この読切の試し読みと、デビュー取り消しに関する雑記を置いておきます。走り書きで恐縮です。
「先に描いた者勝ち」の世界だから、温めている「これはすごいぞ!」と信じているストーリーがある人は、できれば早いうちに世に出すといいですよ。盗られなくても、正々堂々と作家の正道を行った者同士で、ネタや大事な設定がかぶる・登場人物の感情がかぶる・物語のメインになる舞台がかぶる・クライマックスの作り方がかぶる・愛の告白の仕方がかぶる・敵の倒し方がかぶる、とかは全然ありますし、そういうときに「先に描いちゃった人がいるから」って遠慮しなきゃいけないのは、仕事しててもどかしいですから。

デビュー取り消しから12年半、吉日。